前回の続きです。
世界初の味認識装置「TS-5000Z」やその利用法についての解説をしていただきました。
「味」という極めて「主観的」と思われている対象を数値化して「味のものさし」を作ろうという試みで、「人間の舌を模倣する」人工脂質膜を味覚センサーとして利用する技術です。
あまり他には例を見ない技術ですが、これまで味覚の数値化がされてこなかったのは下記のような事情があります。
①閾値が味によって一様でないから。
例えば甘味に比べて苦味は1000倍程度敏感に感じられると言います。苦味≒毒の信号なので、生物として生きていくために必要なことです。
②味物質間で相互作用があるから。
例えばコーヒーに砂糖や牛乳を入れると、苦味が少なくなったと感じられます。先日、AIが「インスタントラーメン×プリン」が最高の美味しさであると導き出したというニュースがありましたが、これなどもそれに当たりそうです。
③他にもたくさんあるみたい。
説明略。
測定する味覚センサーは下記のように説明できるそうです。
味覚センサーは、脂質と可塑剤、高分子をブレンドした膜(脂質/高分子膜)を味物質の受容部分とし、この 複数の受容膜からなる応答電位出力から味を数値化 (デジタル化)する。センサーの味物質に 応答し始める濃度(閾値)がヒトの閾値と近く、応答強度もヒトと同じく対数(log)的に変化するため、単純な比例計算の変換で、基本味の数値化に成功した。
生体の舌の表面には“脂質二分子膜”が形成されており、 固有の膜電位を持つ。その膜電位は様々な呈味物質との化学反応、あるいは吸着反応により変化する。この変化量を人間の脳では味の情報として認識し、味を判断していると言われる。 この生体の味覚受容メカニズムを模倣したのが味覚センサ ーで、このセンサーは人工の“脂質膜”(人間の舌と同様)で構成され、様々な呈味物質と化学反応・吸着反応を起こし、 人間と同様に「味」を感じることができる。
うむぅ、難しい。しかし丁寧にかみ砕いて(味覚だけに)説明していただいたので大変面白く感じました。
興味深いところは多々あったのですが(特に裏話的な。。。のであまり言えませんが)、個人的に衝撃を受けたのは、主観的で曖昧なコトバとばかり思っていた「コク」や「キレ」まで数値として測定できるということです。
さすが「TS-5000Z」です。ネーミングから「ターミネーター」に出てくるT-5000的なイメージを持っていましたが、やはりかなりデキるやつでした。
「コク」の定義として、日本味覚協会では
・濃厚感(あつみ)・持続性・広がりがある時に感じられる味わいで、味・香り、風味・食感など、色々な要素が複合的に重なって生じる味わい
としています。
「持続性・広がり」ということは、つまり味(覚)には「時間性」と「空間性」がある!ということです。
同様に「キレ」の定義は
・味を感じなくなるのが早いこと
です。こっちは単純ですね。キレのいい定義。これも味に「時間性」があることを示唆します。
確かに、全神経を舌に集中して「なめらかプリン」を食べていると、まず最初に感じる味と、余韻として後から感じる味があることがわかります。これは人による感じ方の違いではなく、生理的に説明できるのです。
「コクと日本酒(伏木亮)」より。
「舌の上で味細胞の存在する味蕾の集まりである乳頭は部位によって構造が異なり、味が受容されて伝わるのに要するまでに時間差がある。 舌の先に散在する茸状乳頭の構造から甘味や塩味は舌の先で瞬時にわかるが、味蕾が乳頭の奥にある有郭乳頭では油や旨味の味は瞬時ではない。」
ということで、味は食品を口に入れたあと、時間軸に沿って「先味」「後味」で区別することができること、またそれぞれの性質や感覚するセンサーが異なるということがわかります。
「TS-5000Z」による測定結果を味毎にプロットするとこのようになります。
横軸が時間軸です。
食品を口に含んだ瞬間の味“先味”と、食品を飲み込んだ後に残る持続性のある味“後味”の2種類で味を評価します。基準液の電位をゼロとして、サンプル液との電位差を先味として測定、その後センサーを軽く洗浄して、再度基準液を測定した時の電位差を後味として測定します。
Vs-Vr=先味 Vr'-Vr=後味と定義できますが、主に後味で「色々な味」が測定できたときに「コクがある」と評価されます。逆に後味の数値がすぐに小さくなると「キレがある」と評価されるのです。
IST社の方もおっしゃっていましたが、「味」が難しいのはこうして科学的なアプローチで説明できるものだけでなく、香り、温度、見た目、食事環境、食文化、心身の状態、、、など様々な要素が絡み合うからであって、研究の進んだ今日でも「味」はやはり深遠な世界だということでした。
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以上を踏まえて、今後は普段何気なく使っている「コク」や「キレ」をもっと客観的に記述しましょう。
「この山廃、コクがあるねえ~」
↓
「この乳酸菌を一から育てる生酛系酒母造りから派生した山卸廃止酛で醸造したお酒、渋味物質由来の後味の渋味と旨味物質が呈する味が持続性を保って有郭乳頭を刺激するねえ~」
「この純大、キレるよ!」
↓
「この精米歩合50%以下の米と米麹および水のみを使用し10度前後の低温で長時間かけて発酵させて吟醸香を発するように醸造したお酒、苦味と渋味物質が脂質二分子膜に吸着することで発生する電位差が時間軸に沿って急激に低下したという情報が今まさにボクの大脳に伝達されたよ!」
いかがでしょう。あなたの日々の食レポに説得力が増すのではないでしょうか。ぜひお試しください。
「コクがあるのに、キレがある。」は有名なビールのキャッチコピー(1987年)ですが、全国のビール販売の勢力図を変えたとまで言われ、広告史上にのこる傑作として「コクキレコピー」と呼ばれているそうです。
一見相反するように感じられながらも、複雑な含意のある二語の対称性を意識して並置した、まさにキレ味抜群のコピーですね。
コクキレなサケライフを。
優雅なサケライフを楽しむ(的なポーズを金曜日の夜に取らされる)唎酒師T
GN
ローズ・ピアノの「コク」。ハイハットの「キレ」。
Mehliana (Brad Mehldau & Mark Guiliana) - Hungry Ghost