出かける日はだいたい雨が降っている気がします。
この日も、パレスサイドビル(日建設計さんの名作)で用事を済ませ、さてお堀の向こうの東京国立近代美術館へ、と歩き出した瞬間に降り出しました。

庇の下でしばし足止めを食いながら、しかし私は比較的前向きな人間なので、こう考えることにしています。
「雨が降ろうが槍が降ろうが今が幸せ。槍が降れば客足も鈍ってゆっくり展示が見られるであろう」
ここぞとばかりに同行の家内に「パレスサイドビルの雨どいが凄いんだよホラ見て見て通常室内に引き込むところ外樋にしてフロアごとにカップで雨を受けることで雨道を視覚化するだけでなくメンテナンス性も高くて実に画期的な」と蘊蓄を垂れたところ「ふーん…」という感激の言葉を引き出すことに成功しました。
だいたい、雨降山(あふりやま)の麓で雨を頼りに酒を醸している蔵元が、雨に文句を言える立場ではありません。むしろこの雨も数十年後にはうちの井戸から湧いてくるかもしれないのです(この話は後半で)。
いきなり余談になりましたが、お目当ては「杉本博司 絶滅写真」展。
https://www.momat.go.jp/exhibitions/569
杉本博司さんの、写真作品で構成された美術館個展としては国内21年ぶりの大回顧展です。
太っ腹なことに撮影可。
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「絶滅写真」とは何が絶滅するのか
念のため。「絶滅」するのは動物ではなく、銀塩写真です。
フィルムに焼き付け、暗室で現像し、印画紙に焼く。
デジタル以前の写真術。杉本さんは半世紀にわたってこの技法を極めてきた人ですが、写真がほぼ完全にデジタルへ置き換わった今、銀塩写真の技術そのものが「絶滅危惧種」になりました。
展覧会タイトルは、そのメディアの終焉と、御年78歳の自身の作家活動の終幕とを重ねたものだそうです。
絶滅しつつある技法の、おそらく最後の頂点を、絶滅する前に見ておく。
そういう展覧会でした。
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沈みゆく船から海景を見る
展示は、ゆるやかに制作年代順。1970〜80年代の初期三部作から始まります。なかでも白眉は〈海景〉の部屋でした。

世界各地の海の水平線を、画面のちょうど真ん中に、同じ構図で撮り続けているシリーズです。それが暗い展示室に、ずらりと並ぶ。
ここで鑑賞者の感覚に奇妙なことが起こります。
展示室の壁は大きな円弧を描いていて、額の中の水平線はおおむね同じ高さに揃っている。床は木のフローリング。照明は絞りに絞られ、光っているのは「窓」だけ——通常のスポットライトではなく、作品にあわせて四角くフレーミングされた特殊な照明。

大きな客船の、船室にいる気分になるのです。それぞれの窓が、世界の海につながっている。
それぞれの窓(額)の外に見える海は、カリブ海だったり、日本海だったり、みんな違う。なのに水平線だけは揃っている。周りのお客さんは全員シルエットで、思い思いの窓辺に立って外の海を眺めている。たまたま乗り合わせた、名前も知らない乗客たち。
そして展覧会のタイトルが「絶滅」であることを思い出すと、連想は一段階すすみます。
照明の落ちた、沈みゆく豪華客船の船室で。
乗客は騒ぎもせず、静かに、それぞれの窓の外の海を見ている。縁起でもない連想で恐縮ですが、暗い船室で最後に眺める海として、これ以上のものはないだろうという海が、そこに並んでいました。
この連想、あとで意外な符合につながります。それも文末で。
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蝋燭が一本、立っていました
船室を出て、展示は進みます。終章「絶滅写真」——白黒の世界を半世紀歩いてきた杉本さんが、近作ではカラーに踏み込んでいます。その一角に、この一枚。

シリーズ名は〈陰翳礼讃〉。そう、谷崎潤一郎のあの随筆から採られています。
このブログで谷崎の『陰翳礼讃』を取り上げたのは2021年のこと(その節は厠の話ばかりしてすみません)。奥まで真っ暗な蔵を歩いていて思い出した、という書き出しでしたがその5年後、美術館の暗闇で再会するとは思いませんでした。
不思議なもので、色が付くと、闇はむしろ濃くなります。白黒の海をさんざん見てきた目に、炎の橙と蝋の緑が飛び込んでくると、その周りの黒が、それまでの黒とは別物の、底なしの黒に見える。陰翳は、モノクロよりカラーのほうが深いんじゃね?——という発見でした。谷崎が蝋燭の灯りで見た漆器の闇も、当然ながら仄かにゆらめくカラーだったわけです。
そしてこの作品、一見「蝋燭の写真」ですが、そう単純なものではありません。
和蝋燭に火を灯し、シャッターを開けたまま、燃え尽きるまでの数時間を一枚に焼き付けたものです。つまりここに写っているのは蝋燭の姿ではなく、蝋燭の一生。その晩の空気のわずかな揺らぎで炎がゆらげば、軌跡ごと像に残る。だから同じ蝋燭を同じように燃やしても、一枚として同じにはなりません。
時間を、一枚の静止画に圧縮する。
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脱線:光を「溜める」技術
全方位発散(散漫)系ブログとして、ここで銀塩写真の仕組みを調べて記録しておかねばなるまい。
銀塩写真の感光材料はハロゲン化銀(塩化銀や臭化銀)の微結晶です。ここに光の粒子——フォトン——が当たると、結晶の中に銀原子がほんの数個、できます。数個です。当然、目には見えません。
この見えない痕跡を「潜像(せんぞう)」と呼びます。潜んでいる像。
そして暗室で現像液に浸すと、この数個の銀原子が「種」になって、結晶全体が金属銀に還元される。数個が数億〜数十億個に増幅されて、ようやく目に見える黒になる。フィルム写真とは、闇の中で見えない像を育て、あとから薬品で顕す技術なのです。
……この工程、どこかで聞いたことがありますね(強引)。
酒母(しゅぼ)です。
蒸米と麹と水の中に、目に見えない微生物を仕込む。タンクの中では何が起きているのか、覗き込んでも見えない。それでも中では確かに「像」が育っていて、数週間後、香りと味になって顕れてくる。醸造とは、闇の中の潜像を、時間をかけて現像する仕事です。
しかも、どちらも明るい場所ではうまくいきません。フィルムは感光してしまうから、酒はといえば——光と紫外線は酒の香味の大敵で、だから酒瓶は茶や緑の遮光色をしており、蔵は昔から窓が小さく薄暗いのです。谷崎が『陰翳礼讃』で愛でた日本家屋の暗さを、酒蔵は美意識ではなく実務として維持してきました。陰翳礼讃というより陰翳依存。
銀塩写真と日本酒。闇で仕込んで、時間で現像するという一点で、この二つは同業でした(うん、強引)。
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相模湾は、吉川醸造の井戸に通じている
さて、〈海景〉の話に戻ります。
本展のメインビジュアルは《相模湾、江之浦》(2025年)。杉本さんが小田原の江之浦測候所を構え、何十年も撮り続けてきた海です。

相模湾。当蔵から直線で20kmほどの、あの海です。
ここからは気象の話。夏、相模湾の海面からは大量の水蒸気が蒸発しています。南寄りの湿った風がそれを抱えて北上すると、正面に丹沢山地が立ちはだかる。行き場を失った空気は斜面に沿って持ち上げられ、上空で冷やされ、雲になり、雨になる。地形性降雨と呼ばれる仕組みです。

夏雲にすっぽりと隠れる丹沢大山。
大山が古来「雨降山」と呼ばれ、雨乞い信仰の山であったのは、この地形のせい——といったら身も蓋もありませんが、要するに大山は、相模湾の水蒸気を受け止める巨大な壁なのです。
降った雨は地層の複雑なダンジョンを何年も何十年も潜り抜け(この話は前々回)、石灰岩からミネラルを溶かし込みながら、麓のうちの井戸から硬水として顔を出します。
つまりこういうことです。
杉本さんが江之浦で一枚に収めている海と、うちが汲み上げている仕込み水は、同じ水循環の別の地点である。
あちらは水平線の手前、蒸発する直前の水。こちらは山を抜けてきた、数十年後の水。〈海景〉の水平線を「窓」から眺めながら、私はうちの井戸の水源を眺めていたことになります。展覧会で自社の水源に再会する蔵元。
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絶滅について、当事者として
最後に「絶滅」の話をもう少しだけ。
銀塩写真が絶滅危惧なら、酒造りの世界には、一度ほぼ絶滅した技術があります。
水酛(みずもと)——別名、菩提酛(ぼだいもと)。室町時代、奈良の菩提山正暦寺で確立されたと伝わる、現代の酒母の源流です。生米を水に浸けて天然の乳酸菌を湧かせ、その酸性水「そやし水」で仕込む。冷蔵も純粋培養酵母もない時代に、腐造と紙一重のところで酒を守り抜いた、いわば酒造りの始原。
しかし明治期に安全確実な速醸法が普及すると、手間と危険の塊であるこの製法は姿を消していきました。生酛(きもと)が「絶滅危惧」なら、水酛は一度ほぼ完全に沈んだ船です。近年になって奈良の寺と蔵元たちの手で引き揚げられ、いま再び、各地の蔵が乗り込み始めています。
そして白状しますと、当蔵もその船に乗っています。
大正10年の『杜氏醸造要訣』という古い技術書を頼りに、酵母無添加、そやし水と酒母あわせて50日、もろみまで含めれば全工程80日という気の長い水酛に、うちらのチーム総出で取り組んできました。醸造責任者いわく、いちばん怖いのは、そやし水から生米を引き上げて甑に載せる瞬間。液が飛び散りやすく、菌の恐怖で常に最高に緊張するそうです。絶滅した技術には、絶滅しただけの理由がちゃんとある。それを現代の知識と設備で乗りこなすのが、引き揚げた側の責任です。
杉本さんは銀塩写真という「沈みゆく船」に、最後まで乗り続けることを選んだ人です。そして沈む前に、その船からしか見えない景色を焼き付けている。絶滅写真展とは、絶滅の記録というより、絶滅の側から見た世界の記録なのだと思います。
翻って我々は、一度沈んだ船を引き揚げて乗り直した側。何と一緒に沈み、何を引き揚げるかを選ぶことが、技術を継ぐということなのでしょう。
相模湾から立ちのぼり、雨降山に降り、山の泉に湧いた水で、一度絶滅した製法の酒を醸しています。
展覧会は9月13日まで。雨の日が、おすすめです。
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ところで、沈みゆく豪華客船といえばタイタニック号ですが、あの船が沈んだのは1912年。
吉川醸造の創業も、1912年です。
蔵にいらしたお客さまにこの符合(タイタニックが沈んだ年の創業なんです)をお話しすると、皆さんだいたい、「ふーん…」と感激されます。
ただ、114年前に沈んだ船と同い年の蔵が、沈んだ製法を引き揚げて酒を醸している——という一文が書けるのは、なんだか悪くない気がするのです。

↑「建築」シリーズの真似をしてパレスサイドビルを撮りましたが当然うまく行かず。
GN
↓今回は、豪華二本立てで。
一曲目、沈みます。
タイタニックが沈むとき、楽団は最後まで甲板で演奏を続けたと伝えられています。その伝承をもとに、賛美歌の断片が水中で永遠に鳴り続けるさまを音にした作品。プロデュースと発売元は、若き日のブライアン・イーノが主宰したObscureレーベル——その記念すべき第1作でした。船室のような暗い展示室で、シルエットの乗客たちと聴きたかった。
悲劇的なロマンティシズム。
Gavin Bryars - The Sinking of the Titanic
二曲目、引き揚げます。
同じ曲を、エイフェックス・ツインが再構築したリミックス。その題も「Raising the Titanic」——タイタニックを引き揚げる。水底で鳴り続けていた賛美歌の断片に、機械の鼓動のようなビートが加わって、船がゆっくり浮上してくる。沈めた曲を、引き揚げた曲で返す。沈んだ製法を引き揚げて醸している側としては、こちらを勝手にアンセムに認定します。
Aphex Twin - Raising the Titanic (Gavin Bryars cover)