♪こんな湯気の中じゃ

蒸米(むしまい)の工程です。

今では使っている蔵も少なくなった和釜(わがま)に載せる甑(こしき)。それに今季導入予定の、まだ全国的にも珍しい電気式ヒーター甑
吉川醸造ではこの2種類を目指す酒質によって使い分けます(詳しくは杜氏まで)


酒造りでは、お米は“炊く”のではなく“蒸し”ます。熱い蒸気で加熱することで、お米が酒造りに適した水分量を持つように調整します。
お米を蒸すことは、その後の酒造りを大きく左右する、とても重要な工程なのです。
特に、いい麹を作るためにはお米の外側を適度に硬く、内側をふんわり軟らかく蒸しあげる(「外硬内軟」(がいこうないなん)」といいます)必要があります。
蒸米
この蒸米の良し悪しが、その後の酒造り工程と酒質に大きく影響するのですが、試しに電気式ヒーター甑(米テスラ社製。というのはもちろん嘘で「ヤブタ」で有名な薮田産業株式会社製)で蒸したお米もこの「外硬内軟」がしっかりできていて一安心です。ヒーター甑
蒸米蒸米 日本酒
低精白(精米歩合90%)のお米なので、少しだけ褐色をしています。少し口に入れると確かに外はバサバサですが弾力があります。ちょっとお菓子の「グミ」のような食感です。

 


蒸米 蔵人蒸米 蔵人蒸米 日本酒
もうもうと立ち上る白い蒸気に包まれて、何だかまるで未来から送り込まれた来たような蔵人たちです。


ここで問題です。上の文章、何気なく書きましたが厳密には誤りが含まれています。どこが間違っているのでしょうか?



(答え)
・「蒸気(水蒸気)」は気体である。目には見えない。
・「湯気」は水蒸気が冷やされてできた液体である。白く見える。

と定義されていますので、「白い蒸気」というのは根本的にありません。

 

もう少し詳しく書くと、水蒸気などの微粒子は可視光の波長に対して小さいので、波長の短い青色の光が他の光よりも多く散乱されます(レイリー散乱)。これによって空は青く、遠くの山も青みがかって見えます。
一方、湯気は水蒸気が集まってできているもので、大きさが可視光の波長と同じ程度であるため、可視光全体が同等に散乱される(ミー散乱)ため、色の統合で白く見えます。

この原理を利用しているのが絵画における「空気遠近法」で、遠くの山を青く白く、輪郭をぼかすことで自然な遠近感を演出できます。
空気遠近法

A→B→C(大山)の順で遠くなるにつれ、青く白くなっていく様子がおわかりでしょうか。湿潤な天候で白っぽさが強いときは「今日はミー散乱が強いようだね」などと独り言を言ってみるのも一興です。



このように、湯気と蒸気は別物なのですが、湯気(ゆげ)より響きが格好いいからか、しばしば「湯気」は「蒸気」と呼ばれるのでややこしくなります。
今私の手元にある本には「蒸気は、通常は水蒸気や湯気の意味で使われるが、一般的には物質が気体になった状態のことをいう。」とありました。うーむ。「通常は」と「一般的に」の違いも定義しないといけないようです。


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話を戻します。この白い湯気の雰囲気、何だか懐かしい、そういえば冬のニューヨークもそうだった、マンホールの蓋の隙間から白い湯気がもうもうと立ち上っていたっけ、、、などと鮮明に思い出すのですが、冬のニューヨークには一度も行ったことがなく、それどころかニューヨークには行ったことがないので本当に記憶というのは恐ろしいものです。

それだけ白い湯気のイメージ喚起力が強いということですかね
光と影の演出としてドラマチックな効果を生むので、これをモチーフにした数多くの名画が思い浮かびます。

①マネの『鉄道』(Le chemin de fer)マネ 鉄道
謎の多い絵として知られます。
・そもそも「鉄道」というタイトルなのに鉄道が描かれていない。
・「親子(?)」のあり方が不自然。お互いに関心を持っていない。「母親」の覚めきった表情。着衣の季節感が違い過ぎる。肌の色合いも違って合成っぽい。
・なぜか右下にブドウが。。。
蒸気機関車の湯気が、ぼんやりとした不安や現実感の薄さを表現しているようです。


蒸気機関車をモチーフとした絵画でもっと有名なのは
②ターナーの『雨、蒸気、速度―グレート・ウェスタン鉄道』(Rain, Steam and Speed – The Great Western Railway)でしょうか。ターナー 雨、蒸気、速度
くどいようですが描かれているのは目に見えているものである以上、蒸気ではなく湯気(Y U G E)です。蒸気機関車が発する蒸気が湯気になって(煙もありますが)見えているのだけですので、誤解なきようお願いいたします。

雨が横殴りに降り、霧が一面に立ちこめる中で、本作が製作された当時、世界で最大の鉄道として名をとどろかせていたグレート・ウェスタン鉄道の黒色の蒸気機関車が、テームズ川に架かる鉄道橋の上を猛スピードで疾走してくる様子を、極端な遠近法で描いている。(Wikipediaより)

雨や霧と蒸気、、じゃなかった湯気が渾然となって、現実と非現実のはざまを機関車が切り裂いて行く、昔から大好きな絵です。

いずれの絵も「ミー散乱」を描いています。


ミー散乱 蒸米ミー散乱にまみれる蔵人O。


GN


昔、車のCMでよく聴きました。

山下達郎 - ターナーの汽罐車