「明日来てください。最高のパンをご馳走しますよ」

蔵人Oが酒粕パン(レシピはこちら)を作ってくれたことに触発されて、このたび伊勢原駅前にオープンしたパン屋さん、その名も「高級食パン専門店 君に惚れた」(公式サイト)に行ってきました。
言わずと知れたカリスマベーカリープロデューサー、岸本拓也氏のプロデュースです。

 

岸本拓也氏のプロデュースと言えば、神奈川県では2020年に海老名市で「そして僕らはパン星人」、今年も港北ニュータウンで「誰にもあげない」がオープンしているので、「君に惚れた」は比較的ソフトなネーミングかもしれません。

 

ビジュアルのコンセプトは、「惚れてしまうほど心を込めて作ったわが子(食パン君)を抱きかかえながら美味しいパンとなるよう見守り、笑顔あふれるお店へと成長していきたい」という想いに由来するそうです。(PR TIMESより

 

食パン君(直球な名前ですね)、食べていいんでしょうかこの子。。。

 

この食パン君、「昔ながらの伝統製法で作られた赤砂糖と、北海道の花々から採取された蜂蜜で、奥深く華やかな甘みを表現。」しているそうで、期待が膨らみます。

 

プレーンな食パン1斤、題して「待ち遠しい朝」を蔵へのお土産として買って行きました。
もちろん蔵人の料理には敵いませんが、「ご馳走」という言葉の由来である「
大切な客人を迎える時に、その準備のため馬を走らせて方々へ出向き、物品を調達したこと」を踏まえると、長い列に並んで買ったこのパンも一つの料理と言っても過言では、、、ない、でしょう。

 

出勤時の思い付きで買ったので後から気づいたのですが、朝ご飯を食べたばかりの人達に食パンのお土産というのはなかなかの嫌がらせです。

唎酒師のTさん「ありがとうございます!(今?!)」 
事務のIさん「へえ~美味しそう(今なの?!)」 

蔵の中に微妙な空気が流れました。ついでにパン自体の写真を撮るのも忘れました。

 

仕方ない、皆のお腹が減るまでしばらく置いておこうと思い、さてこの素晴らしい(袋の外からでもフワフワです)柔らかさを保つための保存方法は何かと考えました。「冷蔵庫はよくないらしい」と聞いたことはありますが。。。

 

いい機会なのでここは自然科学的観点に立脚しようということでGoogle先生に訊いてみたところ、面白い記事を見つけました。

Serious Eats(「食を真面目に考える」といった感じでしょうか)の「冷蔵はパンを本当にダメにするのか?」(リンク) 

何でも冷蔵庫(「新鮮さを長引かせる魔法のモダンな箱」と表現)の中に入れておけばいいと思っていませんか? という記事です。

 

「冷蔵庫の中に入れておくと水分が逃げるから硬くなるのかな?」と思っていましたが、科学的にはそれが最も大きな要素ではないようです。

 

パン生地の主成分である小麦粉(水や酵母を含む)には、デンプンの粒がたっぷり詰まっている。そのデンプンは、自然な状態では主に結晶形であり、分子が幾何学的構造に配置されている。水と混合して生地を形成し、オーブンで高温で焼くと、デンプンが水を吸収してアモルファス(注:結晶のような長距離秩序はないが、短距離秩序はある物質の状態)になるにつれて、デンプンの結晶構造が破壊される(つまり、デンプン分子には明確に定義された構造がない)。

しかしパンが冷えると、これらのデンプンはゆっくりと、より秩序だった結晶構造に再集合し始める。パンが硬化して劣化するのは、この段階的な結晶状態への復帰(「再結晶化」)プロセスである

結論:冷蔵庫がパンに悪い理由は、パンが低温環境で保管されている場合、この再結晶化、つまり劣化は、より暖かい温度よりもはるかに速く発生するためである。ただし、冷凍するとそのプロセスは大幅に遅くなる

 

つまりパンが硬くて美味しくなくなってしまうのは、「低温によるデンプンの再結晶化現象」によるものだったのです。しかし冷凍庫ではその再結晶化が大幅に遅い、つまり劣化しないというのがポイントですね。

 

実際に実験も行われています。

 

私はパンを室温、冷蔵庫、冷凍庫の3つのグループに分けた。それぞれのグループについて、私はいくつかの包装方法をテストした:「包装なし」「紙袋に入れる」「プラスチックで完全に包む」「ホイルで完全に包む」である。

 

実験の結果、最善の方法は「ラップやホイルで包んで冷凍庫に保存→再加熱」、再加熱したくない場合の次善の策は「ラップやホイルで包んで室温保存」とのことです。

 

割合普通の結論でしたが、歳を取ると何かにつけ理屈をつけないと物事が覚えられなくなるものですので、ご容赦ください。これで怒られなくて済みます。誰に?

 

柔らかくて旨かったです(語彙不足)。

 

ちなみにこのパンは天然酵母を使っているようです。

清酒酵母もパン酵母もビール酵母もワイン酵母も、数ある酵母の中でSaccharomyces cerevisiae(サッカロマイセス・セレビシエ)に分類されます。

清酒酵母は我々にとってなじみ深いものですが、パン酵母は、パン生地の中でどんな働きをしているのでしょうか。それはやはり日本酒と同様に「アルコール発酵」です。つまり、酵母がパン生地の中の糖を食べて、アルコールと二酸化炭素に分解しているのです。酵母が出した二酸化炭素によってパン生地がふくらみ、アルコールは焼成時に気化して、焼き上がったパン生地に残ることはほぼありません。


ここで、こう疑問を持った方もいらっしゃるのではないでしょうか?

「清酒酵母を使ってパンをつくったらどうなるの?」「パン酵母を使って日本酒をつくったらどうなるの?」と。

 

 

ちょっとやってみたい。。。

 

と思ったら、既に詳細な研究がありました。「泡あり・泡なし清酒酵母の違いが食パンの構造およびおいしさに与える研究」(リンク)

素晴らしい。メジャーな清酒酵母であるきょうかい7号酵母・701号酵母でパンを焼いてその味を比較するというアナーキー、、画期的な研究です。

 

きょうかい7号酵母について(wikipediaより)

通称「K7号酵母」「真澄酵母」。発酵力が強くオレンジのような華やかな香りを出す。また、呼吸能が比較的弱い・醗酵能が強い・皮膜形成がやや弱いといった下面酵母的な性質を持っている。吟醸香の強さは協会9号ほどではないが、吟醸酒の発展に大きな役割を果たした酵母である。吟醸酒から普通酒まで幅広く適するとされる。近代酒質の基調とも呼ばれ、これから派生した「7号系酵母」も多く存在し、遺伝子鑑定をしたときに同種と識別される酵母群を「K-7グループ」と呼ぶ。

1946年(昭和21年)に長野県諏訪の『真澄』の醪から分離された。その年度から現在まで第7号として日本醸造協会から頒布されている。真澄は昭和18年の全国新酒鑑評会で第1位になり、昭和21年には春の全国新酒鑑評会と秋の全国清酒品評会の両方で1位から3位までを独占し、以後全国の酒造場で使われるようになった。当時、戦後の食糧難から鑑評会への出品酒は精米歩合70%以上との規制がかけられたが、その精米歩合帯で活躍したのがこの酵母であった。(参照:日本酒の歴史 昭和時代中期)

 

酵母の名称で、X号とX01号の違いは泡ありか泡なしかの違いですので覚えておきましょう。最近は泡なし酵母の方が多いので、ラベルを見ながら

「へえ7号酵母。あの真澄の。泡なしとは香りの位相が違うような気がしてたんですよ」などと遠くを見ながらささやくと、ちょっとツウな雰囲気が演出できます。

「701号ですか。泡ありは高泡に酵母が多数付着し、その酵母によって一種の保護効果を受けるから泡が消えにくくなるんですよね!」と元気に言うと日本酒蔵からスカウトされます。

「ちなみにビールは、泡ありが絶対必要なんです。発酵中に発生する泡は、発酵液中に存在するホップ、麦芽からの過剰な樹脂成分、タンパク質、タンニン質などを吸着除去することを鑑みて、ビールの香味をすっきりしたものにするための重要な要素とされていますからね」と早口で言うともう何だかわかりません。

 

発酵速度はパン酵母を使ったパンが速かったようですが、出来上がりの見た目はそれほど違いがないようです。

まとめとして

「食パンの官能評価では,バターの有無にかかわらず,総合評価で3種の食パンに有意差は見られなかった.」

 

なるほど。では逆にパン酵母を使って日本酒をつくることも。。。もしかしたら。。。ひょっとして。。。

 

結論としては

従って,泡あり酵母パンは,発酵時間が多くかかるものの,パン酵母に近い比体積,色,組織構造を示し,パン酵母同様の用い方ができると考える.泡なし酵母パンでは油脂を添加した配合の場合,好ましい香りで,他の食材と相性が良いと考えられるため,食パン以外で,肉まん,アンパンなどの利用で性質が活かされるのではないかと考えられた.また,油脂が添加されない配合では,比体積,保形性,凝集性および官能評価などで,パン酵母パン,泡あり酵母パンと違いが少なかったので,フランスパンなどへの利用の可能性を検討したい.(上記論文より引用)

 

食パン、アンパン、フランスパン~ などと文章中(しかも研究論文)に並んでいると、それだけで弾けるような浮き立つような、何だか幸せな気分になりますね。

先人がポルトガル語(pão:パン)を選んでくれてよかったとつくづく思います。英語のbread等ではこうは行きません。
みんな大好きアンパンマンもこの世に誕生していなかったのではないでしょうか。
アン(日本語)パン(ポルトガル語)マン(英語)。実は国際派。

 

GN

 

母の日ソングでエミネムを挙げましたが、父の日ソングならこれでしょうか。

Eminem - Mockingbird