前々回のブログ「日々是麹中」の続きです。麹作りの最終段階である「仕舞仕事」「出麹(でこうじ)」について。
この工程では、適切な温度になって(目安として、麹の温度を40度以上で引っ張ると「さっぱり」「さらっと」した甘みを生み、逆に40度以下で引っ張った場合は、「こってり」濃厚で「旨みが強い」酒ができるそうです。吉川醸造では42℃~44℃とすることが多い)、さらに栗のような匂いがするようになったら、麹米を麹室から出して冷却し、乾燥させます。
この作業を「出麹」といいます。出麹によって、麹米の温度を下げ水分を飛ばし、麹菌の繁殖活動を止めます。
運んでいく先のことを「枯らし場」と言いますが、今期から効率がよく安定的に冷却ができるよう、冷蔵庫内にしました。どう効率よく除湿をするかが目下の課題。。。
ここで、麹米の放冷と乾燥をより促すため、麹米の表面に「溝」を切ります。
これは蔵によってスタイルが違う(直線状に「川」の字の溝をつける蔵が多いようです)のですが、吉川醸造では同心円状の溝を2つつけるスタイル。
これを見て私は「水紋のようだ(できるお酒が雨降だけに)」とか「アリジゴクの巣穴のようだ(私が田舎育ちだけに)」と思っていました。
この溝で放冷効果はどの程度向上するものでしょうか。水野杜氏もいささか疑問だとは言っていましたが。
ちょっと検証してみましょう。
物体の冷却については「ニュートンの冷却の法則」が有名です。
液体や気体などの媒質中におかれた高温の固体が媒質によって冷却される様子を表した法則です。(Wikipedia)
媒質中の固体から媒質に熱が伝わる速度は、固体の表面積及び固体と媒質の温度差に比例するというものです。
すなわち固体の持つ熱量Q 、時間t 、固体の表面積S 、固体の温度T 、媒質の温度Tm の間には次の関係が成り立ちます。
表面積が増えることによる冷却効果が知りたいだけなので、もう少し簡易な計算式を以下に。
「物体表面からの熱損失」(リンク)
表面積A[m2]、温度D[℃]で、表面の放射率Bの物体が、E[℃]の雰囲気中に置かれているとき、対流による熱損失はF[W]、放射による熱損失はG[W]。
やはり対流熱損失F、放射熱損失Gともに表面積Aに比例する、つまり表面積が増えるほどよく冷えることがわかります。
ここまで確認した上で、麹米の溝を切ることでどの程度表面積が増えるのかを確認します(一様で均質な物質であると理想化します)。
溝の断面形状が正弦波なので(ここは言い切りましょう)、これをf(x)=0.5sin(x)の弧長(arc length)を求める式に入れてみます(0.5と言い切りましょう)。
不完全楕円積分なので非常に面倒なのですが、幸いにして計算・描画してくれるサイトがありました。何と便利な世の中でしょうか。(リンク)
するとx=10に対して弧長a(len)(青い線の長さ)=10.625169にしかならないので、断面を積分することで求められる表面積は1.06倍にしかならないことがわかります。
一応先ほどのサイトに入れ込んでみます。放射率0.5、対流熱伝達率7W/m2K、物体表面温度42℃、周辺温度10℃を固定すると。。。
表面積1㎡の場合、熱損失の合計は321.434W(溝をつけない場合)、341.523W(溝をつけた場合)。
違うと言えば違う、違わないと言えば違わないという何とも微妙な数字になりました。
急いで切り口を変えましょう。
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先日、視察に来られたあるアメリカ人女性(日本酒の蔵は初めてだそう)が、冷蔵庫内の麹米を見て、「お寺の庭みたい!」とおっしゃいました。
なるほど!おそらくイメージにあったのは「枯山水の石庭」ですね。
「枯山水(かれさんすい)」とは。。。
枯山水とは一般に「平坦な土地に水を用いず石や砂を主として構成された、山水風景を象徴的に表現した庭園」と理解されている。(Wikipedia)
応仁の乱で荒廃した京都。貴族や寺院が狭い土地に低予算で造園を復興する策として枯山水が流行したそうです。
最も有名なのは京都の龍安寺の石庭でしょうか。私も学生時代にときどき行っては、15個の石が全部見える視点を探し回ったものです。
自分の写真フォルダを探したところ、一番最近家族と訪れたのが8年前でした(ですので現在は変わっている可能性があります)。
視覚障碍者のための触れる模型。麹米で作れそうです。
虎が渓流を子連れで渡っているように見えるので「虎の子渡し」とも称されます。つまり溝は水紋、水の流れを意味していると。水のないところに水を感じる禅の精神性です。
一方で、石を龍の体の一部に見立てているのだという解釈も存在します。
石を天空駆ける龍と見立てるなら、白砂は海というよりも雲、雲海ですね。こちらの解釈の方が色合いとしては自然かもしれません。
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on cloud nine:至福(の状態)、有頂天、とても幸せな。
雨降山の雲海(The CLOUD)を彷彿とさせる優美な色合とシルキーな口当たりをどうぞ。
「史上最高の酒米」の名を欲しいままにする、山田錦。
なかでも徳島県産山田錦は繊細でふくよかな旨味を引き出す米として知られます。この旨味を、90%という衝撃の精米歩合、長期低温仕込みでじっくりと引き出しました。
できたて搾りたてのフレッシュな味わいと香りを、特殊な製法で急いでびん詰めしました。
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龍安寺石庭は究極のミニマリズムであるがゆえにその解釈も多岐にわたるのですが、学生時代に使っていたガイド本がまだ手元にあったので引用します。
この庭は理解しがたいことでも有名で、亨保14年(1729)近衛予楽院の槐記(かいき)に「龍安寺の庭は相阿弥が作にて、虎の子渡しとやらん名高きながら、私ていの者の見ては、好悪の論は及びがたし、一向上の事にや」とあって、当代随一の博識家近衛予楽院でさえ、高級すぎて自分にはわからないことと言わせている。
虎の子渡しなどは後世の付託にすぎず、男山八幡遥拝説や借景説もさして根拠のある話ではない。
庭を取り囲む油土塀を額縁とした、石と白川砂による空間構成ととらえるのがもっとも自然かもしれない。 (京都の美術ガイド 武居二郎)
油土塀とは、土に菜種油を入れて練られた土塀のことです。しばらく座って庭を眺めていると、ねっとりとした暗色の壁と白砂のコントラストだけが澄み切って心に届くようになるので、私もそういうことでいいんじゃないかナ~と思います。
8年前の写真ですが、おそらく今現在もそんなに変わっていないでしょう。1000年後もそのままかも。。。
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「石庭も麹の溝切りも、デカルト的表面空間を折り曲げて宇宙との交換次数を高めているのだ」とある哲学者が書いていましたと言うとそれらしいかもしれませんがもちろん私が今でっち上げました。申し訳ありません。
GN
これも麹カビを宇宙規模で可視化した様相を呈しております。
Ólafur Arnalds - Woven Song